求められていたのは、俺じゃなかった【裏垢体験記】

裏垢体験記

深夜0時、フォームから始まった出会い

出会いは、0時をまわった深夜。 寝る前に今日のフォームの入力通知を確認していた。

──「19歳/155cm・45kg/確認しました」

記入されたのはそれだけだった。

アカウントは明らかに捨て垢。 名前もなければ、一つも投稿がない。 こういうときは上振れと下振れがある。 とりあえずDMをしてみる。 それから30分後には、渋谷で会う約束をしていた。 当日の夕方18時。 こんなに早く会うのははじめてだ。


初対面、そして“逆詐欺”レベルの容姿

19歳の大学生。待ち合わせは渋谷の改札前。 DMで顔写真を送ってもらっただけじゃまだわからなかった。 半分マスクで隠れていたし、それに加工も加われば正直判別は難しい。

体型も問題ないし、まあたぶん大丈夫だろうと思えるレベルだった。 でも、その感覚が間違っていたことは会ってすぐに判明する。

ちょっと約束の時間に遅れてしまい、後から到着する。 会う瞬間の緊張感は、いつまで経っても慣れない。 特に今回のような相手に対する情報が少ないとき。 どんな平静を装っても、不安と期待を抱いてしまう。

どんな子だろう、あそこで待ってるかわいい子だったらいいな。 遠目から見てそんなことを思いながら近づく。

心臓の鼓動が少しずつ速くなるのを感じながら、一歩一歩距離を詰める。 近づくにつれて輪郭がはっきりしていく。 髪の色、肌の白さ、纏っている雰囲気──すべてが想像以上だった。

正直、過去一だった。 背は高くないが、小顔で足が細く── ふわっとした丸顔に、柔らかい二重の目元。 瞳はガラス玉のように澄んでいて、ちゅるんとした唇。 肌は白く、透き通っていた。 完全に逆詐欺写真だった。


一瞬で惹かれた心と、にじむ余裕のなさ

最初は見た目に気おされ緊張したが、話し始めればすぐにいつも通りになった。 話すとよくしゃべり、素直で笑いのツボが浅い子だった。 彼氏の位置情報を確認しながら出会わないようにしていた。 知れば知るほど女性は怖い生き物だと再認識する。

ネイル仕立てで自慢げだったのでほめてあげた。 彼氏より先に見せてるの罪悪感〜と笑いながら話していた。

裏垢では彼氏持ちの女性と遊ぶことが多い。 彼氏のことは好きだし、一緒にいたいけど性欲は別らしい。 別にこれについて批判するつもりもないし、個人の自由だと思う。

言うなれば、人間なんてそんなもんだ。 どんなに清楚な見た目をしていても、どんなに性格がよくても関係ない。 動物の本能として仕方ないことなんだと割り切るしかない。

彼氏の愚痴をたくさん聞いた。 クリスマス一緒に過ごす予定だったのに、女性がいる飲み会を優先したらしい。 それの報復なんだとか。 彼には大感謝だ。


「付き合ってもいいよ」と言った瞬間、終わった

これまでは彼氏持ちの子とは何人も会ってきたし、この瞬間を楽しんでほしいとだけ思っていた。 でも、一緒に過ごして話す間に、この子を手に入れたいと願ってしまった。

また、失いたくないと思うと非モテの俺が顔を出す。 無理に優しくして、変に踏み込みすぎてしまう。 彼氏と別れたいという言葉に、つい「俺が付き合ってもいいよ」と言ってしまった。

お前はこれまで一体何を学んできたんだ。 化けの皮が剝がれ、余裕がなくなった俺を女性本能は見逃さない。 潮目が一気に変わったのを感じ、頭がすっと冷静になっていく。


拒絶されたのは、俺という“人間”だったのかも

一緒に写真を撮った。 顔は絶対に写したくないと言われてしまった。 汗がつくのを嫌がった。 ヘアアレンジするのが好きらしいので、髪が崩れるのが嫌なのかもしれない。

それかどちらも俺に対する拒絶なのかもしれない。

最近は事後に女性とごはんに行くのは、楽しかったと思えた時だけにしてる。 まだ一緒にいたかったので当然、ごはんに誘った。でも、あっさり断られてしまった。

まだ自分が選べる立場だと勘違いしている俺を咎めるように。

LINEも、聞いたけど交換できなかった。 「じゃあね」とだけ言って、帰っていく彼女を見送ることしかできなかった。


翌朝、アカウントは消えていた

次の日起きると、彼女のアカウントは消えていた。 連絡手段もなくなり、一緒に過ごした時間も夢だったのかと思ってしまう。 二人で撮った写真だけが、唯一彼女の存在を証明するものとして残っている。


何も残らなかった夜と、“俺”が求められない現実

あの夜のことを、今でもふと思い出すことがある。 最初は女性と遊べるだけで楽しくて、抱けるだけですべてを手に入れたと思い込んでいた。 でも実は手に入れたようで、何も得ていない。

求められているのは身体だけ、都合のいい関係性だけで、誰も俺自身を必要としていない。 確かに目の前にいたはずなのに、気づけば指の隙間からこぼれていた。 あんなに近くにいたのに。 二人で笑いあい、二人だけの時間を過ごしたのに。

それなのに、連絡先ひとつ、残せなかった。 あの夜のことを覚えているのは、きっと俺だけだ。

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