小六の教室で、俺は初めて“拒絶”を知った
──仮に、Sとする。この子が、俺の人生を変えた。良くも悪くも、決定的に。
あれは、小六の頃だった。 当時の俺は、どこにでもいる“いい子”だったと思う。読書が好きで特に目立つこともない普通の男子だった。
Sとは仲が良かった。放課後にふたりで残って遊んだり、授業中にこっそり手紙を回したり。周りからは「両想いでしょ」なんて冷やかされて、俺も、そうなんだろうってどこかで信じていた。
……だから、いけると思ってた。
授業中、いつも通り手紙を回した。 でもその日は、少し違ってた。 「好きな人っているの?」って書かれたその紙に、俺は思い切って書いた。 「Sが好きだよ」
ドキドキしながら待って、返ってきた手紙には── 『ごめんね。他に好きな人がいるんだ』
……頭が真っ白になった。 どれだけ優しくしても、どれだけ近くにいても、届かないものは届かない。 小さな教室の机の上で、俺は初めて「否定される」という感情を知った。
「また振られた」あの日の夏
中学に進んで、そして高校。男子校だった。 女子と話す機会なんてまるでなかった。
高校2年の夏。 久しぶりに、Sに連絡した。 なんてことない夏休み、青春らしいことがしたかった。 正直に言えば、童貞を卒業したかった。そんな気持ちだった。
数年ぶりにダメもとで連絡してみる。 そして──会えることになった。
新宿で映画を観て、カフェで話した。 何年も会っていなかったのに、会話は案外スムーズで。 「楽しいかも」と思った矢先、Sがふと口にした。
「大学生の彼氏がいるんだ」
ああ、そうか。俺はまた、“振られたんだ” でも一緒に居たくて、夜ご飯に誘ったら、「お酒飲みたいな〜」って返ってきた。
……当時の俺は真面目で、酒なんて飲んだことがなかった。 未成年で居酒屋に入る勇気もないし、あたふたしながら断った。 その瞬間、なにかが音を立てて崩れた。
「もういいや」と思いつつ、どこかで、 「俺が間違っていたのかな」って、自分を責めた。
帰り道。 街の光が、どこか遠くに感じた。 自分だけ、取り残されているような感覚。 悔しかった。虚しかった。
「変わりたい」と思っても、変われなかった
それから、俺は走り始めた。筋トレもした。 変わりたかった。でも……続かなかった。 もちろん、ほかの女性と遊ぶこともなく、何も変わらなかった。
そして社会人になって、数年後。 相変わらず女性とは縁がない。 もう一度だけ、と思ってダメ元でSに連絡した。
会えた。 恵比寿で夜ご飯を食べて、お酒を飲んだ。 初めて一緒に飲んで、どこか浮かれていた。
……気がついたら、記憶がなかった。 翌朝、家の近くの川辺で目が覚めた。 ポケットの中には、一万円札がねじ込まれていた。
なにが起きたのか、正確には覚えてない。 ただ、ただ、「何も残らなかった」という事実だけが、胸に残った。
“都合のいい男”だったと気づいた日
その後、もう一度だけ昼に会った。 北千住のイタリアンで「この前はごめんね」って謝罪をした。 ……それだけで終わるはずだった。
でも、違った。 どうしても一緒に過ごしたくて買い物に行った。 帽子と香水。あわせて2万円くらい。
「これほしい〜」って言われて、断れなかった。 どこかで期待していた。 「これで少しでも、振り向いてくれるかも」って。
……馬鹿だった。
帰りの電車。 俺は、自分が完全に“都合のいい男”だったことをようやく理解した。 惨めだった。哀しかった。
何度振られても、彼女が好きだった
このままじゃ、一生変わらない。 でも、Sのことが好きだった。一方的に本当にどうしようもなく好きだった。
だから、まずは経験を積もうと思った。経験を積んで相応しい男になってまた挑戦しようと思った。 そう思って、出会いの方法を調べ始めた。 マッチングアプリ、恋愛系の教材──いろいろ試した。
でも、何も変わらなかった。 半年。努力は空回りし、金は減り、心は削られた。
俺が裏垢をはじめた理由
そんなときだった。 友人が言った。 「面白い世界がある。一緒にやってみない?」
──それが、“裏垢”だった。 顔も、学歴も、収入も関係ない。
最初は、半信半疑だった。 俺でも戦えるかも、直感的にそう感じた。 何も持たない自分には、そこしかなかった。
Sにフラれて、利用されて、でも好きだった。 釣り合う男になりたくて一人で努力しても結果が出ずずっと苦しかった。 そのすべてを、今度は武器に変えてみたくなった。
何かを変えるには、動くしかない。 俺はあの日の敗北を胸に、裏垢の世界に足を踏み入れた。