夜景【裏垢体験記】

裏垢体験記

モテなかった俺に訪れた“奇跡の1週間”

この当時、俺は調子に乗っていた。 これまでモテたことがなかった俺が、人生で初めて──1週間で3人の女性とホテルに行けた。 今思えば、ただ運がよかっただけだ。たまたまいろんな要素が噛み合って、上振れしただけ。 でも、当時の俺は何もわかっていなかった。 それでも、長年の非モテ生活を思えば、あまりにうまくいきすぎていた。 全能感に満ちて、自分なら何でもできる。そう思っていた。

手探りで、失敗を繰り返しながら、女性にアプローチしていた。 テンプレなんてない。遊べるか、遊べないか──1対1の真剣勝負。 そんなことをしていた頃の話だ。


漫画喫茶のはずがホテルへ──合法JKとの出会い

社会人の俺にとって、何より楽しいのが盆休み。 長期休暇の終盤戦。残り日数が減っていくことに、憂鬱さは一切なかった。 今日、会う約束をしているのは──合法JK。男の夢である。 憂鬱になっている暇などなかった。

会うまでには、かなりの時間をかけた。 夏休み中の彼女が暇にならないようにと、毎日2時間以上もDMでやり取りを続けた。 当時の俺にとっては、ただ女の子と話すだけでも楽しかった。

最初は「会わない」と言っていたNちゃん。 だが、流れの中で自然と「会う」に変わった。 待ち合わせは横浜。 漫画の話で盛り上がり、「漫画喫茶行ってみよう」ということになったのだ。

……でも実際は、満喫に行くなんて最初から考えていなかった。 当時の俺は、調子に乗っていた。 そんな俺が、約束を守るわけがなかった。


遊び慣れてない彼女と、ぎこちない夜

「満喫行けば、ワンチャンあるかも」──そんな下心だけじゃない。 俺は、それ以上の一線を越えるつもりで動いていた。 待ち合わせ時間より少し早く着いた俺は、一人クラフトビールを飲んだ。 決して緊張をアルコールで紛らわせようと思ったわけじゃない。……多分。

時間通りにLちゃんから到着の連絡があった。 まだビールを飲んでいたので「ここまで来て」と場所を教えた。横浜駅近くのどこか、地下だったと思う。 Nちゃんは方向音痴らしく、かなり迷っていた。 可哀想になって、迎えに行った。

初めましての彼女は、可愛かった。 ぱっちりした吸い込まれそうな瞳、身長は低めだが起伏がありすごくスタイルがよかった。よく動き、よく笑う小動物系の魅力的な女性だった。


「ゆう」として許され、「俺」は消えていく

会ってすぐに「どこ行く?」と切り出す。 満喫に行く話だったはずなのに、俺はこう言った。 わかりやすく動揺する彼女。

考えていたプラン通り、下調べはしてある。空室がありすぐチェックインできるいいホテル。 むしろ漫喫がどこにあるのかなんて知らなかった。

「めちゃくちゃ素敵なホテルがあるんだけど、一緒に行きたいから今から予約してもいい?」

高校生に不意打ちでこんな提案をするのは、今思えばどうかしている。 でも──そのときの俺は、負け知らずだった。 これまで築いてきた関係性と、会った瞬間の雰囲気。それで「いける」と判断した。

いや、正確には──いけなくてもいい、ワンチャンいければラッキー。 失敗しても、別にいいだろ、そんな程度の気持ちだった。 結果、いけてしまった。


“満たされる”よりも、“選ばれる”ことが嬉しかった

広い部屋を楽しそうに探検している彼女。 今思えば、緊張の裏返しだったんだろう。 一通り遊ばせた後、当然のようにそういう流れになる。 勝手に遊び慣れてると思い込んでいたが、彼女はキスすらも経験がなかった。

強引だったかもしれない。でも、満喫に行かなくてよかったと、心底思った。

シティホテルだったので、宿泊予約をしていた。 夜、俺は広いベッドで一人で寝るつもりだったが── 「親に友達の家に泊まるって言ったから、泊まってもいい?」

困惑した。でも「親がいいなら、いいか」と受け入れた。 海岸沿いの夜風は心地よく、コンビニまで歩く時間も楽しかった。


「ゆう」が刺さり、「本当の俺」は受け入れられない

Nちゃんが教科書の支払いをしているとき、つい本名が目に入ってしまった。 罪悪感を覚えた。

自分しか見たことのない表情を知っているのに、今さら名前だけを勝手に知ってしまった。 お互い本名を言うかどうかは、人によって違う。 俺は裏垢で会うとき、「ゆう」という別人格でいる。

本名を聞かれない限り話題にしないし、「本名も“ゆう”だよ」と嘘すらつく。 それは女性に求められ、人気なのは「ゆう」であって、もとの俺ではないからだ。

もとの俺は相変わらずモテず、仕事のできない冴えないアラサーだ。 一方で、ここまで一気に成果を出せたのは、「ゆう」が否定されても自分自身とは切り離して考え、常識外れの行動ができたから。


本音で向き合えた夜に、少しだけ変われた気がした

ちょっといい外食なんて必要なかった。そもそも当時は、そんな思考も金もなかった。 こんなご飯を二人で食べることにエモさを感じて、写真を撮っていた。 相手にとって異性と過ごす夜は初めてで──その相手に、自分を選んでくれるのがうれしかった。

これまで知らなかった表情を知って、ホテルで気だるく一緒にご飯を食べる。 こういう瞬間が、好きだった。


経験じゃない。「この人となら」が欲しかった

女性と3回デートして、告白して、3か月たって──やっと体の関係になる。 でも、そもそもデートに行くことすら、なかなか難しい。

1か月前は、そんなふうに思っていた。 でも現実は、そうじゃなかった。 男性経験のないLJKが、出会って1時間もしないうちにホテルに入ってしまうのだ。

夢にまで見たそんな世界に、自分が届いてしまった。 いや届いたのは「ゆう」だ。本来の俺は相変わらず非モテのままだ。

全能感に酔いしれながらも、どこか冷静だった。 今では、俺が求めていたのは気持ちよくなることよりも── 「この人とならしてもいい」と受け入れられる、その瞬間だったと気づきつつあった。


夏の終わりと、一人の帰り道

流れで予想外だったと思うが、「素敵な夜にしたい」という気持ちは本物だった。 どうせ一緒にいるなら、楽しんでほしい。 もし今後会えなくても、あの時は楽しかったなと思える時間にしたい。

本気でそう思っているし、この気持ちがないやつに、遊ぶ資格はない。

逆に自分がもし高校生の時にこんなことがあったら、どんなふうに感じ何を考えるのだろうか。 今、どんな気持ちで夜景を見て、何を感じているのだろうか。

そんなことを考えたが、想像もできなかった。

翌朝。 天気はそこまで晴れ渡ってはいなかったが、「いい日だな」と思えた。

一夜を共にしたあとの、気だるい空気が好きだった。 離れたくないような、一人の時間が欲しいような。

軽い足取りで駅へ向かう彼女を見送ったあと、ふと気づく。彼女の夏休みはまだまだ続く。 でも俺の夏休みは明日までだ。またいつもの日常が始まる。裏垢を初めて1か月弱。

いつもの一人で怠惰に過ごす夏休みとは全然違った。 失敗ばかりしていたが、小学生の時の夏休みくらい日々楽しく刺激的だった。 そんな日々も底が見え、楽しみが終わって、少しずつ憂鬱な気持ちになっていく。

夏の終わりはいつだって憂鬱だ。

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